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2011/03/19

大学生は猶予期間??カルトに注意

先日、自分がさるカルト宗教『××』に巻き込まれていることが判明した。

それは去年の10月頃、急性胃腸炎を発症して入院し、退院後も体調が悪く、友達ともあまり会話がないという状況の中で自分は精神的に相当まいっていた。

ぶらりとひとりで電機屋に行き、パソコン誌のコーナーでたたずんでいると、一人の男性が話しかけてきた。

「何かお探しですか」

自分はそのときまあ、話し相手が欲しかったのだろう。今の時代でも気軽に話しかけてくれる人がいるものなんだなあ、と思いながら、特に何かを探してるわけじゃないんですと彼に言った。
すると彼は、彼がホームページ関連の本を探しててもし詳しかったら教えてくれないかと返してきた。

そんなこんなで会話は発展するもので、彼の自己紹介、自分の自己紹介を交わすこととなり、メールアドレスも交換した。今から思えばあれは変だということは明らかだ。しかし、そのときの自分は、やっぱり寂しかったんだと思う。

それから、彼からメールがちょくちょく来るようになった。
彼の友人という人にも会い、バレーボールを一緒にやらないかと言われて高校以来久しぶりにバレーボールをした。そのときにも他の青年たちに会った。

気づけばはじめに電機屋で会った人を中心とするグループの人たちに何回も会っていた。
みんな優しく、しっかりと正しい生活を送っている人たちだった。

ある日、彼が

「〇〇くん(自分の名前)には紹介したい本がいっぱいあるんだけど…」

と切り出してきた。彼は聖書をとりだした。

自分の頭にふと宗教的なものへの敬遠がよぎった。しかし、自分は幼い頃カトリック教会に行っていたし、祖母がクリスチャンなので違和感も大したことはなかった。彼が聖書の話を始めても既に聞いたことがあるものが多く、ふむふむなるほど・・・といった感じ。彼は聖書に含まれる比喩などを説明してくれた。鵜呑みにするわけではないけど、そんな見方もあるのか、と新鮮だった。

それを機に、彼と彼のまわりの人たちとは聖書を学んでいくことが増えた。みんな本当にいい人たちだったし、一緒にスポーツをして運動不足も解消できたし、きっと聖書を通してよりよい生き方をしようとしている小さなグループなんだろうなと考えていた。

ところがある日、彼が「先生」なる人がいることを示唆する。しかも先生は韓国の人だと言うのだ。

実は自分は年末に帰省したとき、家族や親戚に今こんな人たちと付き合っているんだという旨を伝えていた。親戚たちの反応は総じて「それは何かの宗教だよ。危ないからかかわらないほうがいい」というものだった。自分は「いやいや。宗教的だけど、納得できることを言っているし…大丈夫だと思う」とうちけした。

しかし、彼に「先生」なる人がいることを聞き、そのグループが想定していたものよりはるかに大きいものだと感じるとともに、いよいよ自分が宗教に巻き込まれているのではないかと疑うようになった。

そして先日の地震。帰省しないつもりだったが、停電になるし物資は店から消えるしで、結局帰省することにした。帰省当日、彼ともう一人と一緒にお昼を食べた。テレビで流れる地震の報道に皆いたたまれない顔をしていた。自分は、この人たちは本当に悪い人たちではないんだな、と心から思った。

帰省してからは早かった。彼から聞いた「先生」なるひとの生い立ちと、自分が誘われたシチュエーション、そして学んだ内容を検索すると、そっくりそのまま被るサイトが見つかった。

自分は韓国発祥の「××」という宗教団体に巻き込まれていた。

自分は彼と他の人にメールを送った。「あなたたちは『××』ですか?」

しばらくして彼から電話がかかってきた。彼の声は心なしかふるえていた。
20分ほどのやりとりの後、自分はきっぱりと断ち切った。
それ以降は2日おきにきていたメールは全く来なくなった。

以下に「××」に気付かされたURLを貼る。

www.geocities.jp/jms_log/

自分は存外この出来事のあとショックを受けた。騙されていたとは思わない。彼らたちは名乗っていなかっただけだ。

とりあえずはこのあたりでおしまいにしようと思う。
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コメント

非公開コメント

いやよくある話だわ

摂理とか統一協会のたぐいだな、大学のサークルの中に紛れているらしい。
自由に考えて行動できるのが僕らの特権だからわざわざ型枠(宗教など自分を縛り付けるもの)を取り込むのはナンセンスだね。
だが型枠を或る程度定めないと良くないのも事実だからこれも難しい話だ。

Re: いやよくある話だわ

> 武市隆太さん
自分がかかわった人たちはなんら悪いところはなかったです。
しかしやはり、宗教の枠組みに縛られることは自分としては嫌だったのできっぱりと断りました。

人によっては、その枠組みの中で救いを得られることもあるでしょうからこういった宗教の全否定はしません。
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